先日、ある人から
「家系図を作ってみるといいよ〜」と言われた。
今までなら「ふ〜んそうなんだ」と
素通りしていたんだけど、
なぜかその時は気になって、作ってみたくなった。
ふと気になって、家系図を作ってみた
「家系図」とは、ある人物を起点として、
血縁関係や婚姻関係を、木(Tree)のように
線や記号で図式化したものと言われている。
自分を起点にして、その上に父、母の名前をそれぞれ書き、
またその両親の名前をそれぞれ書いていく。
私もまずは、分かるところまで書いてみた。
自分の上に、父と母の名前。
その上に、父方の祖父母の名前。
同じように、母方の祖父母の名前。
さらにその上に、ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん。
ひいおじいちゃんまでしか辿れなかった
やってみたけれど、せいぜい
ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんくらいまでしか
辿りつけなかった。
でも私は、私まで繋げてくれた人たちが、
一体どんな人たちなのかを知りたかった。
調べてみると、家系図を作っていく方法として、
おばあちゃんやおじいちゃんの戸籍謄本を
取り寄せるという方法があると分かった。
戸籍謄本からは、家族関係だけでなく、
それぞれの出生日や亡くなった日、婚姻日まで
知ることができる。
方法は簡単で、その人が住んでいた役所に
直接申請することもできるし、
郵送で依頼すれば、送ってもらうこともできる。
(郵送での取り寄せ方は、こちらの記事にまとめました)
戸籍謄本を取り寄せたら、約110人の名前が出てきた
親の戸籍から祖父母の戸籍へ、
そのまた上の戸籍へと繋げていって、
全部で30通ほど取り寄せた。
3ヶ月ほどかかった。
そうして、私の場合は母方でざっと80人、
父方でざっと30人を、戸籍謄本から読み解くことができた。
出生日を見ると、明治、大正だけでなく、
「天保」とか「弘化」、「嘉永」など、
教科書でしか見たことのない時代の人も出てきた。
そんな昔から今までずっと「家」が続いてきたんだなと、
感慨深くもなったし、その人たちとの繋がりを
感じることもできた。
戸籍の向こうに見えた、ご先祖様たちの物語
出生日や亡くなった日を見ていると、
数ヶ月や数年の短命で亡くなっている子が多くて、
母親はどんな気持ちだったんだろうと思ったりもした。
また、長男におそらく子供ができなかったからか、
長女の子供が、長男のところに養子に出されているなど、
昔は「血縁」をつなぐことと同じくらい、
「家」をつなぐことが重要だったことも、
戸籍謄本から感じ取れた。
私の祖母は、早くに父親が亡くなったことは
聞いていたけれど、戸籍謄本をよく見てみると、
祖母が13歳の時に家督を継いでいることが分かった。
その時どんな気持ちだったのか、
祖母が生きていたなら聞いてみたいと思った。
また、祖母の夫である私の祖父が、養子だということは知っていた。
祖父が養子に入る前の苗字を、仮に「田中」としよう。
私は「田中」の血縁だとずっと思っていたけれど、
戸籍謄本を見ると、祖父の父親も養子だったことが分かった。
つまり、私は「田中」の血縁では、まったくなかったのだ。
この事実は、私にはとても衝撃的だった。
でも、血縁はなくても、
「家」はちゃんと続いてきたということでもある。
さらにその祖父は、6歳の時に母親を亡くしていて、
3歳の祖父の弟は、父親の再婚相手の実家に
預けられていることが、戸籍謄本から読み取れた。
継母の実家で育てられるのは、どんな気持ちだったんだろう。
そんな風に、感情が揺さぶられる事実を
目にすることもあった。
そうやって作った家系図は、紙の上では、
名前や出生日、亡くなった日、婚姻日など、
文字の羅列にすぎない。
でもその中には、今挙げたようなたくさんの物語がある。
きっと読み取れていない物語も、
まだまだたくさんあるんだろうと思う。
「血縁」と同じくらい「家」が大切だった時代
今回家系図を作ってみて思ったのは、
昔の時代というのは、「血縁」をつなぐのと同じくらい、
「家」をつなぐことが重要視されていた、ということだ。
そんなことを思っていたとき、
先日、算命学の鑑定士さんに観てもらった話を思い出した。
(前の記事に書いています)
算命学でみると、私は「末代運」という、
家を終わらせるお役目を持って、
今回生まれてきたらしい。
私は今まで、進学や就職、恋愛や結婚など、
人生が思いどおりにいかないことに対して、
「私は運が悪い」「天に見放されている」
そんなふうにずっと思ってきた。
私の後ろには、大応援団がいた
でも今回、家系図を作ってみて、
こんなにたくさんのご先祖様がいることが分かった。
家をつなぐことがこんなに大事にされていた時代に、
私で終わらせてしまっていいのかな。
正直、そんな気持ちもよぎった。
でも鑑定士さんは、
「終わらせることも、ちゃんとお役目。それでOK」
と言ってくれた。
それに、13歳で家督を継いだ祖母も、
継母の実家に預けられた祖父の弟も、
みんなそれぞれの時代を精一杯生きて、
命をつないでくれた。
その先に、いまの私がいる。
そんな人たちが、私の幸せを願わないはずがない。
ご先祖様たちが、私に「家」を終わらせることを
託してくれているのだとしたら、
みんな私のことを応援してくれているはずだ、
そう思えてきたのだ。
自分の背後に、すごい数の
「ピノコ大応援団」みたいな人たちがいて、
「我々の最後を良きように終わらせてくれ」と
応援してくれている。そんなイメージが湧いてきた。
そこに気づいた時、それだけたくさんの人たち
(見えていないけれど)に応援されているなら、
人生上手くいくしかない。
こんなにたくさん守られているなら、何も心配はない。
自然とそう思えてきた。
これだけたくさんの人が命をつないで、
やっとここに立っている私が、
自分のことを「運が悪い」なんて言うのは、
ご先祖様にも失礼だったなと思う。
そう気づいたら、
そう思っていた自分が恥ずかしくなってきた。
(まあ、何十年もそう思ってきたから、
すぐには抜けないんだけどね 笑)
あなたにも、きっと大応援団がいる
でもね、実際のところは毎日いろんなことがある。
だから、弱気になる日があっても大丈夫。
落ち込む日があっても大丈夫。私もそうだから。
そして、あなたにもきっと、
たくさんの大応援団がいると思う。
だからムリはせず、一歩ずつ
一緒に前に進んでいこう。
今日お伝えしたことが、
なにかヒントになれたら嬉しいです♪